善光寺街道

 道の呼称は、目的地の名称 〇〇道と呼ばれる。例えば、北国街道は、江戸道、越後道そして 善光寺街道 と呼ばれる。すなわち善光寺へと向かう道は、善光寺街道との呼称が残る。下記は、善光寺街道と呼ばれる、道の一部である。

道標 善光寺善光寺と彫られた石仏/道標 コレクション
北国街道 松代街道北国街道 中山道追分~善光寺~直江津 松代街道 矢代宿~福島宿
北国西脇街道中仙道洗馬宿~北国街道篠ノ井
北国脇街道・谷街道・善光寺街道小千谷から善光寺へと向かう道 信濃川/千曲川の両岸につけられている
大町街道 善光寺街道大町峰街道 土尻川街道 湯ノ川にて両街道は分けれ大安寺にて合流する
大町街道 信州新町経由信州新町より北国西脇街道(北国西往還道)/北国街道を経由
草津道 大笹街道上州から善光寺へ向かう道 草津道には源頼朝所縁の地が遺る
下街道名古屋 伝馬会所札の辻から 中山道槇ヶ根追分 中山道洗馬から善光寺へ
中山道 洗馬~近江草津木曽川右岸関道道標に「右江戸善光寺」と刻む
越後から 善光寺街道信濃川/千曲川より善光寺へ向かう道
旧善光寺街道HP~2022年までに作成したHP 現HPもこちらにリンクしている内容もあります

旧 善光寺に向かう道のホームページです

善光寺街道 石仏のオリエンテーリング

道標を頼りに善光寺街道を歩く。善光寺は、宗派、性別を問わずすべての信徒を受けいれる庶民信仰の寺として、今も全国からの参詣者が絶えませんでした。江戸時代においては、関所、番所にて、「入り鉄砲出女」と言われるように女性が街道を旅することが難しい時代背景があったことから、裏街道が善光寺参拝の道として利用された経緯もあり、善光寺を目指す道すなわち「善光寺街道」と呼ばれる道が今も幾筋も遺っています。道の路傍には、善光寺へと刻まれた道標や、部落信仰の象徴でもある、石仏が古の語らいを想像させている。このサイトは、その語らいを思い浮かべながら拝するために利用された古道・街道を歩く方のために、ルート情報、特に路傍の石仏に焦点をあてて発信しております。一般には善光寺街道とは北国街道や北国西脇街道を指しておりますが、主街道の関所を迂回するために利用された脇道の掘り起こしをしながら、古からのメッセージである路傍の石仏など遺構を紹介しております。地図はGoogleMAPを利用して、善光寺街道を歩きながらGPSによる位置確認を行いプロットをしております。このGoogleMAPを利用し「石仏のオリエンテーリング」をお楽しみください。


 当サイトにおいては、5街道の整備が行われた、徳川時代以降の道を「街道」戦国の世以前の道を古道として表記させていただき、多々管理者の主観にて判断させていただいております。(令和2年記)

上記道に共通なことは、目的地であります「善光寺」の文字が刻まれた道標が、古より現代に遺っていることです。

古道に佇む「善光寺」と刻む道標

 善光寺と刻まれている古道に佇む道標をご案内します。善光寺をゴールとする「石仏のオリエンテーリング」の重要ポイントです。

 古の先人が、刻み遺した道標に込める思いを想像しながら歩くところに古道歩きの楽しさがあります。路傍の道標の文字は判読できないことがほとんどです。指の腹で撫でて、心眼で読む?そこに「善光寺」が浮かんでくるときの感激は都度忘れません。

善光寺へと向かう道 GoogleMap