古道を歩く

 古道歩きは石仏のオリエンテーリングがこのサイトのテーマです。

 交通網が発達した現代においても、江戸時代以前の古道の痕跡、いや古道そのものが遺っています。私は、古道の道筋を捜すにあらり、路傍の石仏を頼っています。その古道が歩かれていた時代と同じ場所に佇んでいるとは限りませんが、当時を想像し古道の道筋を想定しています。当然ですが、先人が書き留めた資料も参考にしていただきました。

 古道の道筋を推定するにあたり、重要視している石仏を以下に記載しました。「古道歩きは石仏のオリエンテーリング」の由縁です。

道標/道しるべ   目的地が石柱に彫られた道標の他、観音様、庚申塔、地蔵様に彫られた道標があります。

馬頭観音     人は一般的には墓地に葬られるが、牛馬は人に尽くしたことから丁重に葬られ、路傍に馬頭観音として祀られることが多かった。故に古道の道筋の推定の要素です。

その他石仏    道祖神、庚申塔(庚申塚)観音様 地蔵様等 古道道筋に祀われていることが多いです。

 

石仏のオリエンテーリングのツールは、GPSを利用したスマホGoogleMAPです。

  ポイントは 石仏、神社 寺院 などを示します。

  スマホ片手に古道を歩きましょう。

善光寺に向かう道  善光寺街道のページ

 北国街道 松代街道 北国西脇街道 飯山街道 谷街道 草津道 大笹街道 大町峰街道 土尻川街道 八幡道 下街道

塩の道/千国街道  塩の道のページ

 千国街道 千国古道 西廻り古道 仁科街道

古甲州道      古甲州道のページ

 古甲州道 古冨士道

オリエンテーリングでいうチェックポイントに相当する古道のポイントは石仏以外に下記も該当します。

神社・寺院  鳥居、寺山門は道筋に建っていました。

火の見櫓   最近は取り壊しされる櫓が多いのが残念ですが、造られた時代にかかわらず、古道道筋に近いところにあります。

郵便局    集落の中心にあることが多く、古道の道筋を推定するのに役立ちます。

 信州の里山には、日本固有種のクロモジの木に出会います。古道の情報を届けておりますが、古道調査の資金の調達のためクロモジを加工し、自然の恵みクロモジ茶の販売(通販)をいたしております。

古道のガイド 散策の情報はこちらから

What’s new? 古道の調査情報などを提供

長野県小谷村神の田圃

塩の道が通る小谷村の古道周辺には絶景がポイントが多くあり、紹介しています。

塩の道/儀塩所縁の古道

千国街道 千国古道 西廻り 仁科街道

 塩の道とは、内陸部の地域へ海(または川を上った最終地点)から、塩を運び、双方からの物資が流通した道のことです。全国「塩の道」と呼ばれる古道はいくつかありますが、糸魚川ー松本ー塩尻の 塩の道千国街道は有名です。故事「義塩」/敵に塩を送る(戦国の世、謙信が信玄に塩を送ったといわれる逸話)からでしょうか?

糸魚川~松本までの塩の道を千国街道と名付けたのは、当時その道を利用していた旅人ではなく、後世において歴史研究家の方が、名付けた名称で、目的地を道の名前として呼称する法則にはあっていない。

古道 塩の道とは
 塩の道とは、海または、川舟の終着から内陸地へと、塩が運ばれた道の通称である。松本~糸魚川までの、塩の道は、途中の小谷村千国宿から名が由来し、千国街道と呼ばれている。「塩の道=千国街道」と解釈されるようになったのは、その道筋に、古道がそのままの姿を残す景色が残っている魅力からと思われる。


なぜ古道が残ったか
 「千国街道=塩の道」北部は、大断層、糸魚川ー静岡構造線に沿うように流れる姫川とともに、白馬佐野坂から糸魚川へと道が続いている。2014年11月の長野県神城断層地震は、記憶に新しい。姫川は白馬佐野坂親海(およみ)湿原より日本海へと注ぐ大河であるが、13/1000という急流であり、姫川とその支流が白馬連邦の水を集めることによって土石流、鉄砲水等災害が発生し、流域集落を苦しめてきた。古の知恵であろうか白馬村塩島から北は、姫川を渡ることはあっても、その道筋は、姫川沿いの道を避け山間部につけられていた。また、車社会へと変遷していくなかで、道は、大河に沿うように、トンネルを掘り、平坦に造られた。糸魚川から白馬へと南下する、国道148号線も姫川沿いにつけられ、「千国街道=塩の道」は生活道としての役割を終えた。このことが幸いにも、今の私たちに「古道」をその姿のままのこしていただけた大きな理由となった。
           「千国街道=塩の道」は塩を運んだ以前からの歴史がある
縄文時代「翡翠の道」

 平成6年、青森県三内丸山遺跡の発掘にて、信州「和田峠」の黒曜石と共に、「糸魚川」の翡翠が出土した。古代には、2か所の翡翠文化が確認されている。すなわち産地は、世界で2か所であった。ひとつは、メキシコ・グアテマラを中心とするオルメカ・マヤ・アステカ文明であり、もう一方は、糸魚川、姫川の支流の小滝川である。出雲大社の重要文化財、翡翠玉は、化学鑑定により、糸魚川産原石由来と証明されている。塩の道が翡翠の道と言われる由縁である。
神話の時代 大和朝廷「諏訪様入信の道」
 越の国の「奴奈川姫(ぬながわひめ)」は、出雲の国の王である「大国主命(おおくにぬしのみこと)」と結婚し、「建御名方命(たてみなかたのみこと)」を授かった。大国主命は建御名方命を連れ出雲に帰った。このころ大和朝廷が権力を持ち、出雲と交渉し、国譲りがおこなわれた。しかし、建御名方命は、これに反し戦い敗れ、母の国、越から信州諏訪の地へと逃れた。この道が、塩の道であるとは言い難いが、塩の道沿いに諏訪へと進んだと想像できる。後に、大和朝廷と和解し、この地の祭神、諏訪様として祭わられた。御柱祭の前年に、信濃の国と越後(越の国)の境にある、小谷村戸土部落の神社(境の宮の小倉明神で交互)にて、諏訪明神の神威である「薙鎌の神事」がおこなわれる。建御名方命が母、奴奈川姫の越の国への思からの神事とも言われている。

おことわり 道は、目的地(終着)の名をつけて呼ばれることが多い、松本~糸魚川の「塩の道」の呼称としても
「松本街道」「糸魚川街道」「仁科街道」「越後道」などがあるが、ここでは、「千国街道」として表記した。またその中でも使い方は下記に準じた。また、Goole MAPにおいて、スポットの色分けをした

以下、下記分類にて記載します。

千国街道 広義:松本~糸魚川までの「塩の道」

千国街道 狭義:松本~燕岩~葛葉峠~大網峠~糸魚川
    (次の千国古道に対しての呼称)

千国古道 燕岩~地蔵峠~御前山~水保

西廻り  平岩~大峰峠~菅沼峠~青海 

仁科街道(奈良井川左岸)高松~小柴~南栗~町神~小俣~今村~岩垂~本洗馬~洗馬

地名「塩尻」

信州において、「塩尻」という地名は、私の知る限り、3ケ所あります。塩尻市-中山道 上田市-北国街道 栄村-善光寺街道西道 共通点は、日本海からの塩の終点と太平洋からの塩の終点が一致している場所です。因みに、日本海からの塩のほとんどは、瀬戸内海地方にて作られた塩が北前船にて運ばれた塩です。

塩の道 概要

メニュー

千国街道 千国古道 西廻り 仁科街道

小谷村戸土「境の宮」のご神木には「薙鎌神事」にて打たれた薙鎌が遺る。

諏訪信仰の道 塩の道/千国街道の道筋のほとんどの神社は諏訪神社です。諏訪大社の祭神「建御名方命」(たてみかたのみこと)が、出雲の国大国主命と越の国(越後)の奴奈川姫の子で、出雲を追われ、姫川沿いに諏訪へと入信したと伝わる。その道筋が、千国街道と重なるといわれる。小谷村戸土は、信州の里から唯一日本海が眺望でき、越後と信州の境であり、母、奴奈川姫を偲ぶ由縁の神事として、未年に「境の宮」丑年に「小倉明神」にて、薙鎌の神事が行われいる。

ヒスイの道 ヒスイは国石と指定されました・翡翠はふたつの文化圏があり、メキシコ・グアテマラ・を中心とするオルメカ・マヤ・アステカの各文化とここ小滝から日本各地へとヒスイが運ばれた文化であr、塩の道はその流通に使われていた。ヒスイ加工遺跡は、糸魚川市はもちろん、大町市木崎湖畔に発見されている。

塩の道/千国街道ホームページ

 塩の道の里山を歩いていると、日本固有種のクロモジの木に出会います。古道の情報を届けておりますが、古道調査の資金の調達のためクロモジを加工し、自然の恵みクロモジ茶の販売(通販)をいたしております。

善光寺街道

善光寺街道 石仏のオリエンテーリング

道標を頼りに善光寺街道を歩く。善光寺は、宗派、性別を問わずすべての信徒を受けいれる庶民信仰の寺として、今も全国からの参詣者が絶えませんでした。江戸時代においては、関所、番所にて、「入り鉄砲出女」と言われるように女性が街道を旅することが難しい時代背景があったことから、裏街道が善光寺参拝の道として利用された経緯もあり、善光寺を目指す道すなわち「善光寺街道」と呼ばれる道が今も幾筋も遺っています。道の路傍には、善光寺へと刻まれた道標や、部落信仰の象徴でもある、石仏が古の語らいを想像させている。このサイトは、その語らいを思い浮かべながら拝するために利用された古道・街道を歩く方のために、ルート情報、特に路傍の石仏に焦点をあてて発信しております。一般には善光寺街道とは北国街道や北国西脇街道を指しておりますが、主街道の関所を迂回するために利用された脇道の掘り起こしをしながら、古からのメッセージである路傍の石仏など遺構を紹介しております。地図はGoogleMAPを利用して、善光寺街道を歩きながらGPSによる位置確認を行いプロットをしております。このGoogleMAPを利用し「石仏のオリエンテーリング」をお楽しみください。


 当サイトにおいては、5街道の整備が行われた、徳川時代以降の道を「街道」戦国の世以前の道を古道として表記させていただき、多々管理者の主観にて判断させていただいております。(令和2年記)

上記道に共通なことは、目的地であります「善光寺」の文字が刻まれた道標が、古より現代に遺っていることです。

古道に佇む「善光寺」と刻む道標

 善光寺と刻まれている古道に佇む道標をご案内します。善光寺をゴールとする「石仏のオリエンテーリング」の重要ポイントです。

 古の先人が、刻み遺した道標に込める思いを想像しながら歩くところに古道歩きの楽しさがあります。路傍の道標の文字は判読できないことがほとんどです。指の腹で撫でて、心眼で読む?そこに「善光寺」が浮かんでくるときの感激は都度忘れません。

善光寺へと向かう道 GoogleMap

善光寺善光寺hへ

古道が遺る里山を歩いていると、在来種のクロモジの木に出会います。古道の情報を届けておりますが、古道調査の資金の調達のためクロモジを加工し、自然の恵みクロモジ茶の販売(通販)をいたしております。

古甲州道

 律令体制において、中央と地方の国府を結ぶ道が整備された道筋を官道という。古甲州道は、武蔵府中と甲斐府中を結ぶ官道で大菩薩峠を越えた道でした。古冨士道は、秩父と富士山を結んだ信仰の道で、古甲州道とは小菅にて交わっていました。

 古道は、当初は、現在の正丸峠を越え、小菅川の左岸の道筋が主に歩かれるようになってからは、現在の大菩薩峠を越えたと推定される。

 小菅から大菩薩峠を目指し長い牛の寝通り尾根を歩いていると、クロモジの木に出会います。疲れを忘れさせてくれる芳香が葉と枝にあります。古道の情報を届けておりますが、古道調査の資金の調達のためクロモジを加工し、自然の恵みクロモジ茶の販売(通販)をいたしております。

古道書籍出版

 古道を歩く方/石仏のオリエンテーリングのために、ガイド本を出版販売しております。

古道 塩の道

古道 塩の道 松本―糸魚川 三十里トレイルマップ

  1,200円(税抜き)

謙信が信玄へ塩を送った道

日本では岩塩の産出がなく、内陸ではほとんど塩を得ることができません。そこで、海または川舟の終着から内陸地へとが運ばれたのが、『塩の道』です。昨今、「塩の道」=「千国街道」と解釈されるようにもなりました。それは千国街道が他の塩の道と比べ、古道がそのままの姿で多く残っていることが大きな要因なのです。

古甲州道 古冨士道
古甲州道/古冨士道

古道 古甲州道・古富士道―大菩薩峠を越えた古道(武蔵府中‐甲斐府中)

  1,000円(税抜き)

 生活道であった「古甲州道」、信仰道であった「古富士道」、それぞれの路傍に時代を越えて佇んでいる石仏を見つけた時、「癒し」という言葉の意味がわかる。 「道祖神」「庚申塔」「地蔵様」などの石仏の素朴さが古の人々と私たちの心を結ぶ糸となっている。私たちから見れば合理的とは言えない道筋、 すなわち、点と点を距離が短くなるように直線で結ぶのではなくあえて、遠回りに、峠を越え、尾根筋につけられている。洪水・崩落などの自然災害からの逃避手段なのである。毎年のように大きな災害が起きる現代の日本の私たちが忘れた、そして学ぶべき先達の人から伝承されてきた知恵なのである。

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     「クロモジ茶」の販売もいたしております。原料のクロモジは、塩の道古道が貫ける小谷村戸土の自然林です。古道調査の資金の調達のためクロモジを加工し、自然の恵みクロモジ茶の販売(通販)をいたしております。ご協力お願いいたします。