道標 善光寺

道標 善光寺

右善光寺 彫られた石仏/道標(以下善光寺道標)が善光寺へ向かう道に遺っています。諸般の認識は、信州=善光寺でもあったことが伺えます。道標キャプションはGoogleMAPにリンクしております。

善光寺道標メニュー

善光寺街道と信州で呼ばれる道北国街道 松代街道
北国西脇街道
大町街道
中山道 洗馬~草津近江
越後 上州 美濃からの善光寺街道北国脇街道 谷街道
草津道 大笹街道
下街道

北国街道

北国街道を中山道追分宿(追分分去れ)にて分岐し、善光寺を経て直江津までの街道と定義し、善光寺街道、北国脇街道とも呼ばれる街道

追分分去れ道標 従是北国海道
上田諏訪道標 右せん加うし道
せんく王うし道道標
上松道標 右善光寺チカ道
平出追分道標 是より右善光寺みち
新井道標 右善光寺

松代道

松代道は北国街道が千曲川を「矢代の渡し」にて渡り、善光寺へと向かう以前は北国街道であったが、その後松代道と言われた。松代道は、千曲川を福島宿「市野渡し」にて渡った。なた、北国西脇街道と矢代宿~稲荷山宿にて分岐した谷街道と綿内道標まで重なる。

寺尾道標 左善光寺道
馬頭観音道標 左善光寺道
長沼祠道標 左せんく王〇

北国西脇街道

北国西脇街道は、北国西脇往還/北国西街道、善光寺西街道/善光寺稼働とも言われ、洗馬宿にて中山道と分岐し善光寺へ向かい稲荷山にて北国街道に合流した街道。

洗馬追分道標 左北國往還善光寺道
塩の道分岐道標 右善光寺
中原道標 左善光寺道
中町道標 ☞せん光寺
岡田道標 左せんく王し道
会田道標 左せんかうし道
岩井道標 左善光寺近道
稲荷山善光寺道標 左せんこうじ道

大町街道

大町より善光寺へ向かう道。大町峰街道 土尻川街道 信州新町を経由し、犀川を渡り、北国西脇街道稲荷山宿より善光寺へと向かう道

馬頭観音道標 左ハ善光寺道
庚申塔道標 右善光寺道
道標 右しんまち(指)せんかうし とかくし
向口道標 左せんくハうし とが久し
道標 右善光寺道
七通道標 右 や 左 せん 推定 右 山道 左 善光寺
赤柴道標 右新町左善光寺

中山道 洗馬~近江草津

中山道も 善光寺へと向かう道のひとつの善光寺街道である。 下街道は 起点を名古屋とし、槙ケ根追分にて中山道に合流し、中山道は洗馬にて北國西脇街道と分けれる。したがって 洗馬~槙ケ根追分をを下街道と北國西脇街道を結ぶ道として、また、槙ケ根追分から草津までを善光寺へ向かう道(中山道)として、石仏を中心に記載しました。

洗馬道標 右 中山道 左北國往還 善光寺道
飯田道道標 右飯田道
 左御嶽山 善光寺
槙ケ根道標 右西京大阪 左伊勢名古屋道
飛騨街道道標 右東京善光寺
関道道標
善光寺道標  右東京 善光寺 左木曽路
草津宿追分道標

右 東海道いせみち 

左 中山道みのぢ

北国脇街道・谷街道

越後小千谷から善光寺へと向かう道で、千曲川/信濃川の左岸右岸に沿って東通り、西通りがあり途中の渡しにより両岸の道を補完する形になっている信州善光寺へと向かう道の総称

信濃川・千曲川 左岸

照専寺門前 右 善光寺街道
四ツ子道標 ☜せんかうし道
円蔵寺道標 右善光寺道
東善寺道標 右善光寺
馬頭観音道標 左善光寺
馬頭観音道標 右ハせん光し
従是善光寺街道〇石橋
左ぜんこうじ 右やまみち
左ぜんかうじみち 右とがくしみち
神代宿道標 是ハ善光寺みち これより右せんく王うしみち
三才道標 右善光寺
徳間新町宿道標 右 飯山 中野 渋湯 草津 道 左 北國往還

信濃川・千曲川 右岸

センくハうシへ二十六リ
右者 善光寺道 左者 見玉不動道
箕作道標
小菅道標
谷脇道道標 右まつしろ せんく王うし道
八幡追分 北の道標 右せん光寺道
井上道標 右ぜんこうじ

草津道・大笹街道

草津温泉より日本で有数の高所にある渋峠を越え、渋温泉、中野より千曲川を渡り、飯山街道に合流し善光寺へと向かう大自然を貫ける古道。上州大笹から鳥居峠を越え、菅平より仁礼宿に下り須坂福島宿にて北国街道(松代道)に合流する。

湯田中道標 左善光寺
夜間瀬庚申塔道標 左善光寺
大黒天道標 右せんくハうし

立ヶ花馬頭観音道標 左善光寺

大笹街道は、上州大笹から鳥居峠を越え、菅平より仁礼宿に下り須坂福島宿にて北国街道(松代道)に合流する。

仁礼道標 左せん光寺
八町道標 左善光寺 右むらみち

下街道

「下街道」江戸時代、名古屋 伝馬会所札の辻から 中山道 槇ヶ根追分までの15里の街道であり、善光寺街道、伊勢道、釜戸道、名古屋道との呼称がある。下記道標の写真を眺めると、善光寺街道と呼ばれた所以がわかる。

丸の内道標
佐野屋の辻道標
大曾根道標
石燈籠道標
内津峠道標
池田宿道標
多治見橋道標